ヒストリーJAPAN
創業者・鈴木宇兵衛の軌跡
株式会社D&Mの創業者であり、初代社長でもある鈴木宇兵衛の鈴木家は、徳川幕府成立後、将軍家御用達の酒問屋であったが、1868年、徳川家が明治政府に政権を譲り渡したことにより、後立てを失い廃業。当時20歳代だった宇兵衛は、一大決心、太平洋の荒波をこえアメリカ大陸へと渡った。羽田野隆司現会長は、「19世紀末の日本の状況を考えれば、今で言えば、月旅行に匹敵するような大変な旅であったろう」と語っている。
渡米後、経緯は定かではないが、サクラメントでホテルを経営するなど、経営者としての手腕を思う存分振るったようである。そして、20世紀をアメリカで迎えた宇兵衛は、1902年、ニューハンプシャー州プリモスに本社のあるD&M(ドレイパー・アンド・メイナードカンパニー)とのエージェント契約を獲得するに至る。
当時、帰国準備を進めていた宇兵衛は、母国日本でのスポーツの発展を予想し、スポーツ用品の製作・販売ビジネスに希望を見出したのである。
帰国と同時に、D&Mの日本総代理店として、日本で最も古いスポーツ用品メーカー『デイエム商会』を創設。総合スポーツ用品及び、婦人服飾用品の製造・販売へ積極的に参画した。
渡米後、経緯は定かではないが、サクラメントでホテルを経営するなど、経営者としての手腕を思う存分振るったようである。そして、20世紀をアメリカで迎えた宇兵衛は、1902年、ニューハンプシャー州プリモスに本社のあるD&M(ドレイパー・アンド・メイナードカンパニー)とのエージェント契約を獲得するに至る。
当時、帰国準備を進めていた宇兵衛は、母国日本でのスポーツの発展を予想し、スポーツ用品の製作・販売ビジネスに希望を見出したのである。
帰国と同時に、D&Mの日本総代理店として、日本で最も古いスポーツ用品メーカー『デイエム商会』を創設。総合スポーツ用品及び、婦人服飾用品の製造・販売へ積極的に参画した。
古き良きD&M
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1938年(昭和13年)新聞広告
※大阪・エビス堂様より寄贈
SKI SUSPENDER
当時、スキーウェアが変わりデモパンが主流になった頃、このスキーサスペンダーが飛ぶように売れた。

スキーサスペンダーのパンフレットと1970年代 スキーサスペンダー
BOWLING(SUPPORTER)
1970年代ブームだった、ボーリング。D&Mのボーリング用プロテクターはボーラーの必需品となった。

ボウリングリストパッケージとリストチラシ
SWIMMING(SUPPORTER)

1970年代水泳用サポーターパッケージ
FIGURE
サポーターのセット販売時、プレミアムとして全国のスポーツ店に配布した。

1960年代 D&Mサポーター人形
※巣鴨・コバヤシスポーツ様より寄贈
CATALOGUE(SUPPORTER)

1970年 カタログ
SPORTS(SUPPORTER)
ニーキャップガード
エルボーガード
子供用サポーターパッケージ
ピクトグラム
1970年代 D&M坊やマスコット人形
1970年代人気商品
#8 スキー用サスペンダー
#2000 スポーツパンツ
#76 エルボーガード
#1120 ボウリングリスト
#99 水泳用サポーター
#96A ニーキャップガード
愛されて40年 D&Mのロングセラー商品
#98A パッド付きニーキャップ
#48 パームバンド
#101 ショルダーガード
#58 アンクルバンド
#200 リストバンド
##90 サポーター





