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アメリカのD&M(ドレイパー・アンド・メイナード)社の歴史

鈴木宇兵衛が1902年にエージェント契約を交わしたアメリカのD&Mとは、どんな会社だったのか。

ニューハンプシャー州プリモスで事業を興したD&Mは、ジェイソン・フレッチャ・ドレイパーと、義兄のJ.メイナードが、プリモス村の南に手袋工場を開設していたJ.F.ドレイパー・アンド・カンパニーを引き継ぐ形で始まった。すぐにドレイパーとメイナードは、新しいタイプの野球グローブを商品開発。ほどなく市場が拡大し、北米でも有数のスポーツ用品メーカーに数えられるようになっていった。

その後はメジャーリーグの発展に呼応する形で次々に新商品の製造・販売を行い、プリモスの町の財政支援などを受けながら、工場を新設・拡張するなど順風な会社運営が続いた。

D&M社製品は高品質なスポーツ用品の最高峰として世界的に浸透していったのである。

しかし、ジェイソン・ドレイパーが1913年に死去、1937年にはメイナードが死去すると、その2ヶ月後には会社は閉鎖され、商標名と特許は売却され、その歴史に幕を下ろした

その名も『Lucky Dog!!』名付け親はベーブルース

D&Mのスポーツ用品は、品質が良いことで数多くのスポーツ選手から愛用されたが、特にメジャーリーガーの愛用者が多く、中でもベーブルースとの結びつきには有名なエピソードがいくつかある。

1916年、ワールドシリーズに優勝したボストンレッドソックスチームがプリモスのD&M社の工場にグローブとミットの作り方を見学に訪れた際、ベーブルースが縫製台に向かって座り、野球ボールの縫製を行うシーンを演出、これが一枚の写真に収められ今も残っている。

また当時、D&Mの正式なスポーツ選手CMキャラクター契約を結んだ彼は、D&Mを評してThe“Lucky Dog”Kind「いい(運)つきをくれる品」という標語を与え、後にこれは版権が取られ、当時D&Mのマスコットであったメイナードの鳥猟犬ニックのイラストレーションと共に登録商標となり、皆に愛された。
その名も『Lucky Dog!!』名付け親はベーブルース

プリモスのD&Mの工場で野球のボールを縫っているベーブルース。

プリモスのD&Mの工場で野球のボールを縫っているベーブルース。
右後ろが社長のジョン・メイナード。

アメリカのD&Mのキャラクター・ロゴマーク

アメリカのD&Mのキャラクター・ロゴマーク

アメリカのD&Mの商品群

アメリカのD&Mの商品群